On Japan設立のきっかけ

それは突然の出来事だった。On Japan代表の駒田氏が務めていた商社で、一つの商材として取り扱われていたOn。ブランドを担当していた駒田氏は、ランニングシューズを扱うのであれば走ってみようと、マラソンやトレイルランを始める。さらにOnの創業者がトライアスロンのロングディスタンスIRONMANであったことから、トライアスロンにも挑戦。On担当として製品の良さを実感すべく、自身のライフスタイルにランニングを取り込んでいた。

そんな時、社内で「Onの取り扱いをやめる」という判断が下る。取り扱いを始めてわずか1年半のことだった。すでにOnのポテンシャルを十分に感じていた駒田氏は困惑した。プロアスリートのサポートも店舗展開も順調に進んでおり、少しずつ売れ始めてきた矢先の話だったからだ。

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「この状態で手放したくない」そう考えていた駒田氏の元に、On本社から一本の電話が入った。創業者の一人であるキャスパー氏が、この事態について駒田氏と話したいという事から来日する事になる。

キャスパー氏に会った時、これまでどのように日本でOnを展開してきたかという事実をプレゼンした。そのプレゼンの根幹は、これからは商社に扱われるのではなく、日本にOn Japanを確立し、日本で長く愛されるブランドとして育て上げること。突然撤退するという事態はカスタマーからの信頼を失うことになる。そうならないように、会社を設立するべきだ。それを聞いたキャスパー氏は、駒田氏の提案どおり日本展開に踏み切った。こうしてOn Japanが誕生したのである。

Big in Japan project始動

こうして2015年1月に立ち上がったプロジェクト。2015年5月1日に会社を設立することが決まっていたので、4ヶ月という期間でやることは山積みである。しかし、期間にビッグイベントが待ち構えていた。東京マラソンエキスポだ。On Japan設立前のこのイベントを絶対に失敗に終わらせるわけにはいかない。キャスパー氏もスイスからやってくる。

今後のOnがどうなっていくのか、先を占うようなこのイベントは一人では絶対になし得ないと考えた駒田氏は、当時Onのサポートアスリートだった鎌田氏(現On Japan 営業担当)に助っ人を申し出た。鎌田氏はOnが日本に上陸して以来、様々なOnのイベントで活躍をしていた。シューズのこともよく理解していて、ランニングコーチもできるうえ、顧客ウケも抜群に良い。

桜木町駅のスターバックスで東京マラソンエキスポの打ち合わせをしていた時に、駒田氏はふと閃いた。「なぜこの男を一販売員としてのみ携わらせようとしているのだろうか。彼は今後のOn Japanの営業に適任なのではないか。もはや彼しかいない」そう思った駒田氏は、その場で鎌田氏をスカウトする。

鎌田氏は、幼少の頃から陸上競技に携わってきた。たくさんのランニングシューズと触れ合う中で、Onのシューズの履きやすさやデザイン性の高さは実感済み。日本に存在しないブランドを全くのゼロから育てる経験ができている日本人が世の中にどれほどいるだろうか。先人たちの上にやっているブランドは数多くある。しかし、そのブランドのポテンシャルを感じ、信じて突き進むということは貴重な経験である財産になる。

ゼロからブランドを育てるということはどういうことか。On Japanの初期メンバーが年を重ね、働けなくなった時にその後のOnを支えるメンバーがいるであろう。世代を超えて時代を超えて、初期メンバーの名前ややってきたことが語り継がれていく。まさに生きた軌跡である。仕事を通じて世の中に何かを残せるというのは誰しもができる経験ではない。そんな駒田氏の話を聞き、その面白い未来に期待を膨らませ、On Japanにジョインすることが決まった鎌田氏とともに、東京マラソンエキスポも成功を遂げた。

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会社設立までの時間に、スイスから次々とミッションがやってくる。営業の次はカスタマーサポートサービスの人材を探すこと。本国からの条件は、女性かつ英語が堪能であること、そして二週間以内に雇用すること。無茶な話だと思いながらも、何とかするしかない。

駒田氏はきっと運が良いのだろう、スキルも入社のタイミングもピッタリ合った適任の女性が、人づてで紹介された。またもや桜木町駅のスターバックスでインタビューをした。その時間はほとんど駒田氏が話していたそうだが、最後に仕事をする上で大切にしたいことを聞いたところ、「楽しく働きたい」という返答が返ってきた。

On Japanにとって楽しいということは最も重要な要素。しかもオファーを出す前からのOnユーザー。シューズの良さも理解してくれている。鎌田氏のときと同様、「彼女しかいない」と直感的に感じた駒田氏は、On Japanに迎え入れることを決めた。

3人のメンバーが揃ったところで、次はオフィスを探す。スイスに住むキャスパー氏は、ファッショナブルな雰囲気だからという理由で表参道を提案してくれたが、鎌田氏と共にとあるブルートレインというトライアスロンチームを立ち上げた遠藤氏から横浜の物件を勧められる。今のOn Japanのオフィスとなる場所だ。

横浜は海があって雰囲気も良く、ランニングに適している。さらに、短い期間だが順調に前進してこれたのは、すべてがご縁あってことだと感じていた駒田氏は、直感でこの場所に決めた。さらに社員二人が横浜在住だったということもあり、駒田氏はオフィスの隣に引っ越すことになる。

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わずか4ヶ月の間に、人からの助け、直感と縁だけでOn Japanは立ち上る。駒田氏はこれまでお世話になっていた販売店向けにプレスリリースを出した。商社の手を離れ、On Japanとして独立し、駒田氏が責任者として今後ブランドを成長させていくという内容だ。サラリーマンを辞め独立をし、ゼロからブランドと共に会社を成長させていくという駒田氏の決断に熱意を感じてくれた販売店は少なくなかった。これは期待の表れであり、なんと有り難いことなのだろうかと、初めてオフィスに出勤した日に販売店からいただいた3足のシューズのオーダー。思わず「よっしゃ!」とガッツポーズをし、独立後初めてのオーダーに歓喜した。

数ヶ月はその状態が続き、しばしば10足ほどのオーダーが入る。もともと商社で取り扱っていて販売店とも契約していたので多少の売上げはあったが、現在の約30分の1ほどの売り上げだったという。逆を言えばわずか4年前で30倍以上の売上げを叩き出し、しばらくはこのままの勢いを保てる見込みである。

vol.2に続く