日本のマーケットの傾向は ヨーロッパに近い

ジョバンニ・サントロ(以下、サントロ):こんにちは。今日はカスクのことを聞きにわざわざ来ていただいてありがとうございます。実は、私も以前からパールイズミさんのお名前は知っていますよ。故郷のイタリアを離れて、大学は日本の学校に通っていました。 PI TRI Pearl Izumi(以下PI):どうりで日本語がお上手だな、と。 サントロ:いえいえ。卒業して帰国したのちにカスクに入社して働いています。 そういえば、最近、御社のカタログを見ていて気づいたことがあります。美しい写真の中でライダーがかぶっていたヘルメットがカスクでした。うれしかったです。 PI:単純に私たちにカスク好きが多いという理由で、撮影時に私物を使っていました。 サントロ:そうだったのですね。私はてっきり日本代理店の日直商会さんとビジネスのつながりがあるのかな、と。 PI:日直商会さんと長いお付き合いがありますが、そこは「一ファンとして」です(笑) サントロ:ありがとうございます。 では、私のほうからカスクについてご説明しますね。すでにご存じかもしれませんが、カスクは2004年にイタリアで創業されたヘルメットブランドです。オフィスはミラノ近郊のベルガモという町にあります。ベルガモは山々の景色がきれいな場所と知られていて、夏でも涼しいことから自転車のプロ選手が多く住んでいます。練習するのにアクセスが良いそうです。 ミネラルウォーターや料理好きの方には、S.PELLEGRINO(サンペレグリノ)というミネラルウォーターの会社がある場所といえばピンとくるかもしれません。 PI:今のサントロさんの業務はアジア地域のエリアマネージャーですね。 サントロ:そうです。日本をはじめ韓国、中国、台湾、タイなどでセールスを担当しています。 PI:各国を飛びまわっているとお聞きしました。いろんな国を見ているなかで、日本のマーケットはどのように感じていますか? サントロ:日本はサイクリングの文化が1950~60年代からずっと続いている、自転車の歴史が深い国です。他のアジアの国々と違って、ファッションや、いま名声があるブランド、新しいブランドといった基準だけでモノ(製品)を追いかけません。カスクはまだ若いブランドですので、他のアジアの国々では「目新しい」という理由から支持を集めてきましたが、日本で支持されている理由は違うと思っています。 ひと言でいえば、商品やブランドの価値を知っている人が多い。そう感じます。 PI:それは「自転車」の魅力や楽しさを知っている人が多い、自転車を自分の趣味としておのおのがスタイルをもっているということですか? サントロ:そうですね。マーケットとして見た場合、長い歴史に育まれてきた環境があるので、イタリアに似ていると感じています。「知っている人が知っている人に伝えていく」という情報の共有みたいなものがあります、ヨーロッパの国々とファッションのセンス(好み)の違いこそありますが、求めるニーズのトレンドは似ていると思います。 PI:なるほど、国よって違いがあるのですね。 サントロ:アジアの中では特別な国です。私自身も日本が大好きなので、セールスにいちばん力を入れています。 PI TRI PI:先ほどカスク創業のお話をお聞きしました。具体的には、どのような経緯で誕生したのですか? サントロ:創業者は、もともと同じイタリアの「LAS」(ラス)というブランドにいた人です。自身でヘルメットを開発・デザインしたいという思いから、スポーツ用ヘルメットブランドして、サイクル、スキー、登山、乗馬用などのモデルを手がけてきました。レスキュー用や建設現場用のヘルメットの開発も行っています。 PI:ヘルメットに特化した総合的なブランドなのですね。 サントロ:そうですね。

トライアスロン用ヘルメット 「ミストラル」の隠された秘密とは

PI:自転車の世界でいえば、カスクはロードレース界の最高峰に位置するUCIワールドチームの「チームスカイ」を長年サポートしてきました。これが御社を一躍有名にしたきっかけになったと思いますが、いかがでしょうか? サントロ:確かに影響は大きく、おかげで私たちはメジャーなブランドになりました。ただし、チームのファンの方がチーム愛だけでカスク製品を購入してくださっても、今のような売り上げは達成できません。100%メイド イン イタリアにこだわって製品の質を上げて、かぶり心地の研究を続けているから今があるのだと思います。 PI TRI PI:かぶり心地の工夫にはどのようなことがありますか? サントロ:アタマの形は人それぞれ違います。ヘルメットは衣服のようにフィットしないといけません。後頭部を調整するアジャスターが優秀であるのはもちろんのこと、ヘルメット内部の快適性向上に力を注いでいます。 PI:私(コラム担当:清水)は日本人の一般的なアタマの形をしています。初めてカスクのヘルメットをかぶったとき、Mサイズでちょうどぴったりでした。他の海外ブランドはアジアンフィットを日本人用としていますが、御社はそういう用意がないのに大丈夫なのだ、と。不思議に思いました。 サントロ:カスクが目指すのは誰もがかぶれるヘルメットです。インナーパッドの形状もモデルによって変えていて、中には多層式で通気性に優れた立体的デザイン(3Dドライ・パッティング)なども用意しています。100km走ってアタマが痛くなってしまうようなヘルメットは決して作りません PI:顎のストラップにレザーを使っているものもありますよね。高級感があって好きです。 サントロ:エコレザー素材のことですね。肌へのあたりがやさしいうえに快適性も向上します。 余談ですが、スキー用や乗馬用にはメリノウール(メリノ種の羊の毛を加工した高級なウール)を使ったインナーパッドもあります。メリノウールには、暖かいときは涼しく、涼しいときは暖かい、という特性があるので、それを上手に利用しています。 PI:適材適所という考え方ですね。機能性に高級感という付加化価値がプラスされていて興味を惹かれます。ヘルメットの安全性についてはいかがでしょうか?  サントロ:本社には一般ユーザーの方から頻繁にメールが届きます。多くは「事故に合ったけれど助かった」というものです。安全性はやはり重要な項目ですので、こちらも日々研究を進めています。イタリアでもロードバイクに乗るような方は、ほぼ全員ヘルメットをかぶっていますが、街乗りの人はそうではありませんので、リーズナブルなモデルで構わないので、ぜひ着用してほしいと願っています。 PI:ヘルメットの開発はどのようにして進めているのですか? サントロ:「チーム スカイ」が使っているヘルメットは、どれもチームから「どんな性能を求めたいか」という要望があります。その声を反映しつつ、社内で風洞実験やデザイン修正を繰り返し行って製品化してきました。たとえば、プロトーネ、インフィニティ、ユートピアなどがそうですね。 PI:トライアスロン用の人気モデル、ミストラルはどうでしょうか? サントロ:オーストラリアのトライアスロンのナショナルチームの協力を得てコラボレーションしました。「空気抵抗が最も少ない」を目標に作られ、ライディング中にアタマをあまり動かさずに走るような人やコースに向けて開発されています。トライアスロンのロングやトラック競技が視野に入っています。逆にアタマを動かすような人やコースにはショートテールのバンビーノを用意しています。 PI TRI PI:エアロヘルメットはエアロ性能と通気性の両立が難しそうですよね、通気性を上げるためにベンチレーションが多いと空気抵抗が増えてしまうし……。 サントロ:そうですね。だから、サポートしている選手にはベンチレーションナシのモデルを提供しているケースもあります。 PI:それは初耳でした。(市販モデルのミストラルを片手に)これにベンチレーショがない仕様というのは、かぶる人は相当な猛者ですね。完全にタイムを狙うことに特化していますね。 サントロ:もう一つ初耳だと思いますが、ミストラルにはテールの後端に穴が開いていますよね。 PI:はい。フロントから取り入れた空気を逃がすベンチレーション用の穴ですよね。 サントロ:確かにその機能はありますが、もともとは違います。空気の乱流を抑えるための穴です。 PI:え、そうだったのですか。 サントロ:ここに穴があることで空気の流れがよりスムーズになることが風洞実験で明らかになりました。ただ、他社にマネされてしまうと悔しいので、製品説明ではあまりここまで踏み込んで触れていません。 PI:でも言っちゃいましたね。 サントロ:ですね……(笑) PI:ミストラルに関することで、耳の部分のシェルがやわらかい素材になっています。どんな理由があるのでしょう? サントロ:シェルは安全性の確保のためにしっかりしたものを用いています。とはいえ、耳の部分は必要性がそこまで高くありません。ですので、フィット感を高めるために薄手にしています。同時に軽量化も図っています。 PI:ヘルメットひとつ取ってもいろいろ工夫があるのですね。ひと昔前のロード用ヘルメットはベンチレーション用の穴がたくさん空いていました。今はロードレースもベンチレーションが少なくなり、エアロ性能を高めたヘルメットが増えています。これについてどう感じていますか? PI TRI サントロ:科学が進化した結果だと思います。カスクは他社と比べて早い段階からエアロ性能に注目したモデルを作ってきたので、その取り組みが正しかったことを証明できたと自負しています。 PI:ラインナップされているヘルメットはカラーのバリエーションが豊富で、自転車に合わせやすいですよね。デザインもどれも魅力的です。 サントロ:とりわけカラーが多いのはプロトーネやモヒートです。15~20色近くあります。イタリア本国でも人気が高いですね。デザインに関していえば「モンクレール」とコラボレーションしたモデルなども発売していますよ。 PI:「モンクレール」って、ダウンで有名なファッションブランドの? サントロ:はい。スキー用になりますが、シェルがカーボン素材のようなデザインで、Bluetoothを搭載し、スワロフスキーがあしらわれています。 PI:ゴージャスですね。 サントロ:カスクのスキー用ヘルメットはプロ選手向けというより、ハイセンスなファッションに似合うアイテムを、という打ち出し方をしています。 また、今の時代の乗馬はスポーツとして捉えられていますが、一方でエレガントな側面ももっています。その雰囲気を崩さないように作っています。サイクリングはスポーツしたい人、スキーはラクジュアリーを望む人、乗馬はスポーツとラグジュアリーの中間という立ち位置で製品づくりを行っています。 PI:どの競技にも人それぞれに楽しみ方があって、デザインは、その嗜好をキャッチしたものに仕上げているということですね。 サントロ:そうですね。 PI:私たちからすると、カスクのヘルメットはサイクリング用であっても単にシリアスなだけのヘルメットには見えませんでした。これにはスキー用や乗馬用のヘルメットで磨き上げてきたセンスが活きていそうですね。最後になりますが、2016年にカスクがアイウエアブランド「KOO」(クー)を立ち上げました。耳にかけるテンプル(つる)部分が回転式になっているアイデアがおもしろいですね。テンプルの角度調整も可能で、走行中も簡単に操作できます。 PI TRI サントロ:ベンチレーション機能を高めて曇りを防ぐのが狙いです。 それに加えて、アイウエアにはアジアンフィットを導入しました。サイズも2サイズ(S、M)を用意しています。人によって顔の形や彫りの深さが大きく異なるため、ヘルメット以上にシビアだからです。 PI:ヘルメットと同じく、アイウエアもカラーのバリエーションが豊富ですね。 サントロ:そうですね。フルフレーム仕様のオープンと、ハーフフレーム仕様のオープンキューブをラインナップしていますが、どちらも8色あります。クーはもともとカスクのヘルメットと調和したデザイン&カラーのアイウエアを作ろうというのがきっかけでしたので、マッチングにもこだわって仕上げています。 製品に関する話は尽きない。今後もKASKの新製品リリースが楽しみだ。