ニューヨークのブルックリンから始まった

スフィダーレ・クリット・ジャパン

それはレースというよりも、カルチャーなのだ。
派手にショーアップされたレース会場、ビール片手に選手に声援を送る観客。コースをライトで照らすナイトレースというところが、そういう雰囲気にするのかもしれない。
ブレーキなしのフィクスドギア(固定ギア)の自転車レースの最高峰、「RED HOOK CRIT(レッド・フック・クリット)」は、2008年、アメリア・ニューヨークのブルックリン地区にあるレッド・フック地区で始まったレースだ。今ではミラノ、ロンドンなどヨーロッパにもその人気が拡大し、世界的なレースとして認知されている。
中でもニューヨークで行われる「レッド・フック・クリット・ブルックリン」は、クリットレーサーにとって特別なレース。そのレースに日本から参戦したチームがある。それが「sfiDARE CRIT JAPAN(スフィダーレ・クリット・ジャパン)」だ。
メンバーは児玉利文さん、児玉和代さん夫妻に、カナダ人のジャスミン・テン・ハヴさんを加えた3人。

児玉利文さん(以下利文さん):元々“レッド・フック”というレースがあることを知って、出たいと思っていたんです。ただ、足がかりになるものがなくて、憧れたままになっていました。そんな時に知り合ったのがジャスミンです。ジャスミンは以前レッド・フック・ブルックリンに出場していて、オレに向かって言うわけですよ「興味があるなら、おまえ出たらいいよ、」って(笑)。

ジャスミンさん:私はカナダのモントリオール出身なんですが、地元のチームに所属していて、そのレースに出場していました。日本に来て偶然シクロクロスレースに出場しているときに、利文さんと知り合って。競輪選手だったら出られるだろうって、誘ったのがきっかけです。

しかし、レッド・フックは、エントリーすればだれでも出られるレースではない。選手個人がもつ固定ギアのテクニック、レース経験などを大会側が“履歴”から判断し、出場を認定するという仕組み。ただし現役の競輪選手である利文さんは、スムーズにその出場が認められたという。

利文さん:すごく簡単でした(笑)。「お前、ケイリンレーサーか!じゃあOK!」というくらい。向こうはトラックレースが盛んで、競輪選手をすごくリスペクトしてくれる。

レッド・フックのコースは、場所によって違うものの、1周2㎞程のコースの中に直角コーナー、180°ターンなどのテクニカルなコーナーが多数あり、それを周回する。ブレーキがついていない固定ギアでスピードコントロールをしながら、速さを競うのはかなりテクニックが求められる。危険回避の意味も込めて、スキルレベルをある程度揃えないと危険。だからこそ“テクニックを証明する履歴書”が必要なのだ。

PI TRI
児玉利文さん(右)
現役競輪選手として活躍しながら、104サイクルを経営。動画でレッド・フックの存在を知り、すぐに魅せられた。
児玉和代さん(左)
児玉さんの奥さんで、95~98年全日本選手権スプリント優勝の経歴を誇る。アジア女性としてレッド・フックに初出場を果たした。
ジャスミン・テン・ハヴさん(中央)
愛知県在住、日本と自転車をこよなく愛すカナダ人。固定ギアのクリテリウム経験が豊富。

ほかの自転車レースにはない自由な雰囲気

スフィダーレ・クリット・ジャパン

ライトアップされ、ショーアップされた中を走る。
長い間自転車競技を続けてきた児玉和代さん(以下和代さん)にとっても、クリットレースの雰囲気は独特のものであり、また改めて自転車の楽しさを感じさせてくれたという。

和代さん:私は10代のときからトラックでオリンピックを目指して走ってきました。全日本チャンピオンにも4回なったけれども、今一つ注目もされないし、評価もそれほどしてもらえない。もちろんそれだけを求めて走っていたわけではなかったんですが、辞めた理由のひとつでもありました。

私もレッド・フックに出たんですが、出場者に対しての歓声がスゴイ。通過するたびに大声援で集中できないくらい。

さらに勝つことよりも、ファッションだったり、テクニックだったりが重視されているところも、これまでの“自転車”とは違っていました。もちろん勝つのは大切なんですが、それよりも大切なものがクリットレースにはある。

それを体験したときに、自転車って本当はこんなに楽しいんだって、時を経て、気づかされましたね。

そんなレースの魅力にひきつけられるのか、 参加者にはとんでもないビッグネームも多いという。ロードだけではなく、BMX、MTB、もちろんトラックレーサーなど、いろいろなライダーが参加してくる。さながらレース会場は自転車の異種格闘技戦になる。

利文さん:なんで集まってくるのかは、はっきり分かりませんが、やはりあの雰囲気がひきつけるんでしょうね。あとはジャンルが違うと普段一緒に走れないじゃないですか。そのあたりも理由のひとつだと思いますよ。

去年はリオオリンピックの金メダリスト、イギリス人のアダム・スキナーという選手も出ています。でも予選落ちですよ。予選でオリンピック選手、金メダリストと街乗りのビギナーが一緒に走るそんなところも面白いところですよね。

安全にレースの面白さを伝えたい

スフィダーレ・クリット・ジャパン
海外で衝撃的な体験をした児玉さん夫妻。これを日本にも広めたい、面白さを伝えたい、というところから始めたのが、彼らの主催するレース「スフィダーレ・クリット」だ。

利文さん:ブルックリンのレースから帰ってきて、身近なところで走りたいなと。というよりも自分が練習したかった(笑)。

でも障害になったのが「固定ギアは危険」という周囲のイメージだ。

利文さん:ブレーキがないから危険という話がありますが、実は急ブレーキがかけられないので、安全でもあるんですよね。無理やりコーナーに突っ込んで急ブレーキングができない。

利文さん:パニックブレーキで集団落車というのはない。そのあたりはロードレースとは大きく違います。コーナリングで滑って転ぶとか、それはありますけども。
あとはコーナリングの方法がまったく違っています。イメージ的にはロードはコーナーを丸く回る感覚なのですが、固定ギアは直線的にまず突っ込んで、倒して、また立てるという感じですね。このあたりは月2回の講習会でジャスミンが教えてくれる(笑)。

こんな講習会を続けているうちに、安全だと言う人も出てきてレースも練習会もどんどんやりやすくなってきているという。周囲の意識が変わってきている。

クリットレースは思った以上に始めやすい

スフィダーレ・クリット・ジャパン
“やってみないと分らない、食わず嫌いはいけない”というのがジャスミンさんだ。

ジャスミンさん:クリットレースはバイク自体も高額じゃないし、手に入れやすい。大会のパーティーとかで、いろんな人と知り合うこともできる。レースもあんまりギスギスしてない感じ。

利文さん:日本の自転車乗りはひとつのことにこだわりすぎかもしれないですね。ロードはロードだけ、MTBはMTBだけ乗る。いろんなジャンルの自転車にのることで、確実にバイクはうまくなります。レッド・フックに参加する自転車乗りたちも、もしかしたらそんな理由で参加しているかもしれないですね。

実は2019年3月30~31日に「sfiDARE CRIT in BIKELORE」というレースが予定されている。場所は大阪・梅田のど真ん中。レッド・フックのように街中でレースができる。チーム名のスフィダーレはイタリア語で「挑戦」の意味。
新しい自転車ジャンルにチャレンジしたいライダーは、自転車の異種格闘技戦、クリットレースに参加してみては?

取材協力/国営木曽三川公園桜堤サブセンター